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2006年10月30日 (月)

KD-36HR500 (Sony) 〜超弩級戦艦大和のように

 いいものが売れるとは限らない。

 判官贔屓の私はそんなこと十分によくわかっているし,今まで数限りなく辛酸をなめ続けてきた。巧みな広告宣伝によって商品や製品のイメージだけが先行し,工業製品としては著しく劣るものが市場を席巻するさまを幾たびも見つめてきた。それが余りにやるせないからこそ,マーケティングも経済理論もかじったし,ニッチ商品の生き残りる術を探ろうと組織生態学にまで手を出した。繰り返すが,仕方がないのはよくわかっている。

 だが,過度にマス・マーケティングに依存し,効率と経営理論を重視した経済は,皮肉なことに国力の衰退を招く。長い年月をかけて培ってきた技術は,信じられないくらい短い時間でその輝きを失ってしまう。失ったものの大きさに気づいたとき,もう,取り返せるものは何もない。

 家電量販店の店頭に薄型テレビが並んでいる。派手で目をひくポップとともに。その傍らの,客が目もくれないような陰の奥まったところに従来のブラウン管テレビがぽつんと置かれている。

 ブラウン管でもハイビジョンテレビが存在したことを知っていますか。そしてブラウン管ハイビジョンテレビは液晶やプラズマなんかとは比べものにならないくらい画質がいいことを知っていますか。

 この国にはかつてKD-36HR500というハイビジョンテレビがあった。スーパーファインピッチFDトリニトロンと呼ばれるブラウン管を搭載していた。ソニーが技術の粋を集めて開発した管だ。従来のFDトリニトロン管よりも1.6倍ピッチが細かく,電子銃のフォーカス性能は10%アップしていた。文字通りブラウン管技術の結晶と言える民生用ブラウン管であった。この管は,ソニー最後の民生用ブラウン管になってしまった。

 KD-36HR500は専用台を含めると重さ100kgにも達し,設置に1m四方を要する超弩級ブラウン管テレビであった。ブラウン管は液晶やプラズマと比べると数多くのアドバンテージを持っている。コントラスト,色再現性,応答速度において現行薄型テレビは決して敵わない。「決して」という副詞を使うのには理由がある。なんとならば,薄型テレビのコントラスト比は高級液晶で1000:1,安物液晶では400:1程度。対して,ブラウン管のそれは 30000:1を超える。「桁が違う」のは誇張でなく厳然とした事実として存在するのである。視野角,応答速度といった液晶テレビの弱点とも,階調表現というプラズマテレビの弱点とも,ブラウン管は無縁である。映像の奥行きと表現力は薄型テレビの開発者も認めており,開発はソニーの業務用ブラウン管モニターと比べ,その画質に近づけるべく調整していると公の場で発言しているのである。

 ブラウン管テレビの欠点はたった2つ。その大きさと,フォーカスが困難なために大画面化できないことだった。たった,それだけだった。

 2003年10月,ソニーは満を持してKD-36HR500を市場に投入する。しかし,既に時代はブラウン管を求めていなかった。のみならず, HR500シリーズはその実力を発揮する機会すら与えられなかった。そう,ちょうど超弩級戦艦の大和が60年前そうだったように。

 同じ年の12月,はじめて無料でHD放送が受信可能な地上波デジタル放送が開始された。だが,その電波は東京・大阪・名古屋の3大都市圏のみでしか発信されなかった。これらの地域の住宅事情は,HR500を居間に設置することを許さなかった。広い設置スペースを持つはずの地方では,その能力を活かすソースが存在しなかった。利益率の高い薄型テレビを売りたい家電量販店はデモ機の展示にあたって,地上波デジタルやBSハイビジョンといったHD画質のソースを薄型テレビにしか接続しなかった。きわめて意図的に,HR500には地上波アナログのアンテナしか接続しなかった。同じハイビジョンソースを並べて比較したら,画質の違いは見るも明らかでほとんどすべての消費者が薄型テレビの画質の悪さに気づいてしまうからであった。

 一部デジタルソースをつないでいた量販店では,アナログを映し出しているHR500のチャンネルを,マニアがこぞってBSハイビジョンに合わせた。すると,量販店はブラウン管ハイビジョンの売り場を薄型テレビから離れた店舗の隅に移した。ボーナスを手にした消費者は,自らのステータスを競うかのごとく薄型テレビに飛びついた。2004年,ソニーは国内のブラウン管工場を全廃し,すべてのテレビ生産をマレーシアに移管する。と同時に,スーパーファインピッチFDトリニトロンの生産も終了させ,HR500の筐体内に納められる管は在庫分のみになった。こうして2005年半ばまでに,HR500,そして本当のハイビジョンテレビはこの国から姿を消した。2007年,国内のほぼすべての地域で地上波デジタル放送が受信できるようになる。だがそのときブラウン管ハイビジョンは,ない。

 戦後50年間,テレビは庶民の娯楽の王様だった。それもあってテレビには日本の最高技術が注入され続けてきた。だが,旧帝国大学で圧倒的な知識を学んだ技術者の魂も,地方から夜行列車に揺られて上京し高度経済成長を支え続けた叩き上げ技術者の気概も,もはや我々は手にすることができない。マスコミは,ソニーの業績悪化の原因をブラウン管にこだわり続けたことに求めた。多くの人間はその解説に納得した。だが,実際はそうではない。ソニーの歴史上はじめて技術をまったく理解しない社長であった出井伸之という人間が,自社技術の優位性を消費者に訴えようとしなかったためである。利益率の高いソフト事業に色気を出したためだったのである。

 残念ながら,きちんとしたアカウントがまったくないまま,放送のデジタル化が進んでいる。2極化が叫ばれる中,2011年に地方の老人家庭が家中の受像器を買い換え,複雑怪奇な機器操作を理解することはできるのだろうか。そして,韓国台湾に大きくリードされた技術の優位性を回復することはできるのだろうか。企業が利潤のみを追求する存在になったとき,消費者のリテラシー能力が大きく問われるようになる。国力が,この日本の力が左右される。ハイビジョンブラウン管という日本科学技術の結晶を,われわれ消費者自身の手で闇に葬ったことを決して忘れてはならない。


H.19.1.15 17:29追記
 最近何故かこのエントリにリファラのないアクセスが多い。この多さは2ちゃんかなとも思いますが,最近ハイビジョンブラウン管スレには行っていないのでわかりません。
 とにかく,そのような方の役に立ちそうなことを書いておくと,
・32D60も持っていますが,やっぱりHR500の方が自然な絵作り。特にD60はいくら追い込んでも黒が潰れ気味になる。
・私のHR500は展示品で購入したもので,購入時表面のコーティングに傷があったのですが,メーカー保証で管交換してもらいました。
・平成18年12月にスタンバイランプが9回点滅する有名な故障。保証期間は過ぎていましたが当然無償修理でした。
・そのときにサービスマンが言っていたのは,兎に角湿気に気をつけてくれということ。すぐ脇でダイキンの空気清浄機を24時間ターボ稼働させているせいか,中はとても綺麗だと誉められました。
・あと,PIONEERのプラズマなんかみてると,そろそろプラズマ買ってもいいような気がする今日この頃。

*何かあったらコメント欄で質問してください。

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受信: 2006年11月 1日 (水) 01時48分

コメント

初めてメールさせていただいております。
清水 宏哉(しみず ひろや)と申します
ご多忙の折 恐縮でございます。

KD-36HR500 の修理 というキーワード検索でこちらにお邪魔いたしました。お忙しいかと存じますので簡潔に質問させてください。
私が現在使用中のHR500も昨日スタンバイランプが9回点滅して画面がうつらなくなりました。
こちらの H.19.1.15 追記 のところで 同じ現象と また有名な故障とおっしゃっていますがこれは使い方が悪いのでしょうか?またどのように有名なのでしょうか?(この機種の弱点とか)
また保証期間は過ぎていますがメーカー保証は受けられるのでしょうか?
以上3点です。
ご多忙の折 また 初めてのメールと大変申し訳ございませんがよろしければご教授いただければ幸いでございます。

以上

投稿 清水 宏哉 | 2007年6月25日 (月) 12時53分

2chのゲーム関係のスレで今ブラウン管テレビの凄さが話題になって、SONYのページみて買おうと思い検索していました。
ですが、時が遅すぎたみたいですね。

投稿 | 2007年7月13日 (金) 22時36分

36HR500 (Sony) ?超弩級戦艦大和のように」を読ませてもらい、同じ認識の人がいて、とても嬉しかったです。

例の「スタンバイランプが9回点滅」現象が出て、ネットで検索し、同じ様にIC3個を無料で交換してもらいました。

修理に来た、長年テレビ修理に携わっている年配の技術者の人は、次のコメントを残しました。
①このテレビが最高品です。これ以上のものは有りません。
②もう市場に新品は無く、中古があれば自分も買いたいぐらいだ。
③どこか壊れても、修理して長く使うべき。高価なブラウン管も、製造中止から7年在庫。ブラウン管交換は高価だが、その価値はある(ブラウン管は、早ければ5年、持って10年。声が出てから映像へのタイムラグが大きくなってきたら注意)。
④今回の修理は無料だが、通常2万円+品代がかかるので、大手の保険に入った方がいい。(この話を聞き、山田電気年間3200円のに入った。製造から6年間対象だそうだ)。

自分もテレビにとてもこだわりがあり、KD-36HR500を、2004年3月に「本体22万、台他全部で24万余り」で購入。この技術者の話を聞き、自分がこのテレビを購入した決断が間違ってなかった事に満足。現在はケーブルテレビでデジタル契約。鏡のような最高画像で、KD-36HR500生活を楽しんでいます。

投稿 遥かなる | 2007年11月 6日 (火) 22時18分

インターネットで検索したらこのページに出会いました。
KD-32HR500をヤフオクで落札しましたが、デジタル放送にバックグラウンド的な常に非常に細かなノイズが伴って画面がなんとなくぼんやり感じがします。手持ちのTH-28D55の方がそのようなノイズがまったくなく画面はとても綺麗ですが、ソニーのほうはこのようなノイズがあるのは普通ですか。それとも故障ですか。新品を見たことがないので、ご教授いただけたら幸いです。

投稿 山田 | 2008年1月21日 (月) 15時12分

私が持っているのは36HR500新品購入,32HR500中古,32D60新品ですので,D55との比較は出来ませんが,なんとなく思うところを。

1. お詳しそうなので多分そんなことはないと思いますが,ソニーのトリニトロン製品にはダンパー線が入っていますので,それを気になさる方が稀にいるようです。

2. HR500の中古は,前のオーナーがAVマニアな場合も多くあります。その場合,サービスマンモードに入り勝手に微調整されている (その結果かえってボケボケになってしまっている) 可能性がないとは言えません。

3. 一般論として,ぱっと見クッキリ見えるのはPanasonicの方だと思います。その代わりよく見ると黒が潰れてしまったりするので,調整を追い込む必要があるとは思いますが。どちらかというとソニーの方がソースに忠実,というかボヤっとした画像に見える可能性は高いと思います。ソニーは一度AVプロでVMなどを全部切って,画質を調整されたら如何でしょう。

4. 1-3のような内容でなく,ノイズというのがチラつくようなものでしたら,残念ながら管の寿命が近いようにも思います。ヤフオクの場合,特に群馬や栃木,埼玉といった北関東からの出品は避ける方が無難です。もしも北関東の業者から購入されたならば,粗悪品を掴まされた可能性がないとは言えません。

以上,お答えできる範囲でお答えしました。何かあったらまたコメントいただければ幸いです。

投稿 xedos | 2008年1月22日 (火) 04時17分

はじめまして。
Googleで検索してこちらにやってきました。
記事の内容が濃く大変参考になります。

私もHR500の展示品を昨年購入しました。
購入時、画面に汚れがあると確認できましたが、半年以上たってから汚れがキズ(管の欠け)だと気づきました。

メーカーに問い合わせたところ、展示機については現状販売ということでメーカー保証対象外という回答を得られました。

私と似たようなケースでしたので非常に興味があります。
どのような経緯でコーティング剥げがメーカー保証の適応になったか教えていただけるとありがたいです。

それでは失礼します。

投稿 はなはな | 2008年1月22日 (火) 15時00分

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